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相沢英之 のメッセージ 「地声寸言」 |
2009.11.04リリース |
第五十二回 <「台湾寸見」> |
第二回の日台ロータリー親善会に参加し、久しぶりに台湾を寸見することができた。
十月十日国慶節の日に日月潭で開催されるという案内であった。東京ロータリーの会員である私は、台湾には戦後一度訪ねていたが、風光明眉と言われる日月潭は戦前小学校の地理の教科書にも記載されていたという記憶もあったし、三度出かけたいと思っていたので、恵比寿ロータリーの会員である家内と一緒に期待して出かけた。
九日から十一日までの二泊三日のいささかあわただしかったが、十人という小グループだけに楽しい旅行であった。 日台ロータリー親善会(台湾では台日国際扶輪親善会)の第一回は昨年東京で開かれ、次の第三回は更末年京都で開かれることになっているという。今日は日本側からは二二三名、地元台湾側からは二一八名の参加者で、台湾側は会場関係でかなり出席制限をしたという紹介であった。 台湾側の林土珍会長の挨拶にあったように、五〇〇人近い出席者の約八割が日本語を良く知り、言語に問題がないので、ごく一部を除き、全体は全部通訳なしの日本語で行なうことになった。 ロータリーは年輩の人が多い。戦前日本の一部であった台湾の人達は小学校や国民学校から日本語で教育を受け、日本語が国語であったからであるが、台湾のロータリーの人達と日本語で自由に会話ができる。まさに親善会にふさわしい会の進行で、盛り上がっていた。 ロータリーの使命に社会奉仕が挙げられているが、何といっても人と人との交流親睦が第一の目標ではないか、と思う。その意味では、こういう国境を越えてロータリーが親善の会を持ち続けて行くことは大へんに意義のあることである。 戦前、台湾については学校の地理や歴史で習ったに過ぎないが、私がとくに台湾に関心を持ったのは、私の中学での国語の犬養孝先生が台湾帝大の予科の教授となって赴任してから、先生と絶えず文通をしていたからである。確か、台北市東門町十番地というのが住所であった。 先生は後に大阪帝大の教授などになった萬葉の大家で、萬葉に出てくる土地を凡て歩かれ、独得な犬養節で朗々と万葉の歌を歌われるのが有名であった。明日香村の維持にも大へん熱心で、文化功労者にもなられた。中学においては、自らかり版を切って文法を教え、芥川のトロッコ、鼻、蜘蛛の糸などを朗読され、アンチョコ(市販の簡単な字の解説書)を禁じ、わからない言葉は凡て辞書に当るようにと厳しく指導された。私が、文学に興味を持ち、いわば開眼されたのは先生によってであり、昂じて高校の時小説を耽読し、自らも書き、一時は小説家になろうとまで思い詰めたのもいわば先生の影響であった。 そんな先生が台湾におられるということは台湾を身近に思う大きな原因となっていた気がする。 昭和五十一年、衆議院初当選の議員八人で初めて台湾を訪ねた。同期の堀内光雄氏の御父君が何応欽氏と親しいとういうことで御紹介を得、何応欽氏はもとより氏、移経国氏など台湾政界の首脳に表敬訪問をすることができた。台北から台中、台南、高雄と一週間の滞在であったが、何と言っても、顔つきも似た友人の中で、日本語で自由に行動できる台湾には皆大へんに親しみを覚えた。 明治二十七、八年の日湾戦争の後、台湾は日本に帰属し、いわば植民地となったわけであるが、教育文化・経済とあらゆる面で台湾の発展を図った総督府の努力もあったのか、台湾の人達のわれわれ日本人に向ける眼は温かく、少なくともトゲトゲしくはないように思われた。 高雄の工業団地では日本の先端企業が最新鋭の機械設備をもって工場建設を進めていた。 国共内戦に破れ、中共に追われた国民党の政府が五〇万人の兵を含む二〇〇万人とともに大陸から移り住んでから、本島人との間でいろいろ軋轢はあったようだが、よそ者のわれわれにはよくわからないところである。ともあれ、台湾は驚異的な経済発展を遂げ、一時は世界一の外資準備を誇ることもあったという。 それから二回程台湾を訪ねるチャンスはあったが、いずれも短い期間であった。ただ、眼のあたりに見る台湾の発展には驚かされるものがあった。 今回の訪問は二十年ぶりぐらいになろうか。 台北と日月潭だけの泊りであったが、高層ビルが林立し、網の目のように走る高速道などを目にすると、いまだに高速道も新幹線も整備されていない日本の日本海側の状況を思うにつけて、新規の着工はどうのこうのなど言っているのが恥しいくらいであった。 日月潭から台北空港へ向う途中、台中から桃園まで新幹線に乗った。三十八分。日本の新幹線がモデルと言うが、新しいだけに車輪も揺れず、乗心地は上々であった。もっとも赤字に悩んでいると聞いたが、併行して整備されている高速道を走るバスが安いせいではないかと思ったりした。 日月潭は美しく、新しく再建された寺などは余りいただけなかったが、観光客が溢れていて、やはり活気ある国の勢いに触れる思いであった。 恵比寿の姉妹ロータリーである女性会員だけの永福ロータリー主催の歓迎会に出席した。幹部はそれぞれ台北の実業界などで活躍している、まことに活気溢れる人達であった、これまた明るい台湾の未来を示すような気がした。 又、ゆっくり訪れてみたいが、読者諸賢如何に。 |