back 理事長 相沢英之 のメッセージ
       「地声寸言」
  2009.02.19リリース

第三十四回 <「減反見直しはできるか」>
 主食の米を作りたくても作れない農業の現状では、とても農業の活性化は望めないので減反政策を見直すべき時が来たとして、農林水産省は、今後の農政のあり方を示す基本計画の改訂作業に着手した。同省の審議会で議論が始まり、関係閣僚会合も設置され、二月十八日初会合が行われた。
 ところで、米の減反政策をどうするかが、最大の焦点となる。石破農相は、米の生産調整の廃止は前提にしないと言明しているが、減反政策の見直しを避けて通れないことも明らかである。
 戦時中、米の公平かつ低い価格での配給を確保するために始められた米の統制は、戦後も維持されたが、農地解放、農村への労働力の流入や肥料供給の拡充、土地改良の推進などにより昭和三十年代の中頃から米の生産が飛躍的に増大するのに反比例して、食生活の変化は米の消費の著しい減少を招来し、米の需給のアンバランスは拡大し、大幅な米余り現象となって来た。
 毎年増大する米の過剰在庫は、大きな財政負担となり、その対策として、昭和四十五年には、思い切った減反政策を進めるとともに米の増産を目的とする土地改良事業は中止を含む見直しをせざるをえなくなった。
 およそ、何かをすることを奨励するために補助金を出すのはわかるとして、減反のように何かをしないことを目的として補助金を出すのは、いわば空気に補助金を出すようなもので、全く理屈に合わないと財政当局は嘆いたのであるが、権利ともなってしまった米の作付けを一部止めさせるには、そういう思い切った対策をとらざるをえなかった。
 さらに、硬直化した米の流通を改めるために農協単位という制限付きではあったが、米の自主流通を認める措置に踏み切ることになった。当時、私は、主計局の次長として農林予算を担当していたが、桧垣食糧庁長官とこの自主流通米の制度の確立を図った。当初の原案にあった農協が自由に米の販売を行うという制度改正はどうしても農業団体や党の農林族の賛成を得られず、県連、全農という上部団体を形式的にも通ずる販売とせざるをえなかった。いうなれば、これらの上部団体にネムリ口銭を払うようなことは止めたかったが、もし、それを強行すれば、自主流通米の制度自体の発足も潰されかねない状勢にあったので、やむをえず、矛を納めたのであった。
 戦前は米の取引は大阪の堂島が中心で、米相場が立っていた。私は子供の頃の記憶では、米屋に盛られた米のいくつもの山に、内地米、政府払下米、蓬莱米、高砂米、上海米などのいくつもの札が立てられていた。一升、内地米が三〇センで、外米は二〇センぐらいであったと記憶している。内地米には、一等米、二等米など品質による差があった。
 堂島の米相場は、もちろん稲作の豊凶の見通しによって上下したが、大凶作の年は別として、平年作では、上下二割ぐらいの差の範囲内におさまっていたと思う。
 というのも、間接統制の制度があったので、米価が異常に高くない時は、政府の保有米を放出し、異常に安くなる時は、買い上げを行う、という、言うなれば、間接統制の仕組みをとっていたからである。
 自流米の制度をスタートさせる以前、河野一郎農相は、農林中金をトップとする系統金融機関にゆさぶりをかけるため、米の支払いを系統通さずに行えるよう制度改正に手をつけたが、猛烈な反対に遭い、さすが剛腕の河野農相も制度改正を見送らざるをえなかった、という一幕があった。農相の考え方の背後には、政治的な意図もあっただろうと思われたが、とにかく、失敗に終った。
 米の取引は、その後急速に自由化の方向に向い、米の品質によって、価格に大きな差が生じるようになった。
 それにしても、日本の米の値段は諸外国、とくに東南アジアの米作地帯に比べて著しく高く、一応自由化の形はとったものの一キログラム当り三四一円という高い関税を課すとともに、一定量の輸入をせざるをえなくなった。
 現在は、農林省が都道府県ごとに事実上の生産目標量を割り当て、全米(コメ)農家が減反に参加するのが建前であるが、実際には米農家の約三割は参加していない。
 そして、米価が下ると、政府は備蓄の名目で市場から米を買い上げ、事実上の価格維持をしていた。
 ところが、現在、石破農相のもと農水産省が検討している米の生産調整(減反)見通し案では、減反に加わるかどうかは農家の判断へ委せる選択制に切り替え、政府による米の買い与えは止め、供給増で値下りした場合は減反した農家にだけ一定の交付金と支払うということになっている。
 減反にかかわらない農家が米をたくさん増産すれば、米が値下りする可能性は高い。そこで課題は、補償制度の財源確保である。農家の支持を得るためには、しっかりした所得補償が必要であるが、現在の減反予算約二千億円を振り替えるだけで足りるかという懸念もある。
 しかし、WTOの交渉で近い将来に米の関税の引き下げが避けられそうになく、安い米が流入すれば、減反による価格維持は効果を失う。
 そこで、今回の農林省の減反選択制では、米の急激な供給増に一定のブレーキをかけつつ、将来的には米価格を市場の調整機能に委せるとしている。
 さて、この減反政策の転換には、早くも自民党が警戒と反発を強めている。党は既に別の生産調整策を打ち出している。すなわち、昨年、世界的な食料価格の高騰などへの対応として、パンの原料にもなる米粉や家畜用の飼料米の生産を増やし、農家に支援措置を講じるという法案を策定し、二月中に国会に出す準備をしている。そこに、今回の農相の新しい提案であるので、対立関係が捲き起こることが懸念されている。
 このような情勢のもと、麻生首相は一月二十六日の施政方針演説で「農家に潮目の変化が訪れている。発想を転換し、すべての政策を見直す」と農政改革に強い意欲を表明し、又、石破案を支持する考えを示している。
 これからの処理が正に問題であるが、いずれ避けて通れない減反政策の転換であるならば、このへんで思い切って梶を切ることも必要だと思うが、読者諸賢如何に思われるか。
 
 


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